前号で私が米国で83歳の誕生日を迎えたと申し上げました。もし「今の心境は」と訊かれたならば、「今や人生100年時代。未だ老境に入ったとは思えず、いよいよ佳境に入った気持ちです」というのが偽らざる答えです。今後とも他人に迷惑を掛けぬよう健康に留意し、老害を気にしつつ、元気である限り何らかの形で社会との接点を維持したいと考えています。引き続きよろしくお願いします。
さて、今週初め青森・岩手県地方を訪れ、奥入瀬(おいらせ)渓谷並びに十和田八幡平国立公園・八幡平(はちまんたい)を周遊してきました。深い緑に包まれた奥入瀬の渓流(常緑樹が多い)は、10年ほど前に訪れたことがありました。今回も素晴らしい秋晴れの下、静寂の中を勢いよく流れる清流と、すがすがしい山あいの景観を満喫出来ました。途中(雲井の滝)まで車で行った後、渓流添いの遊歩道を約1時間歩くと、水源である十和田湖に着きました。その後遊覧船に乗り秋深い湖上を約1時間巡りました。そしてその夜は安比(あび)高原のホテルに宿泊し、地元の食材を使った日本料理と地酒を堪能しました。青森空港は台湾と直行便があることから、至る所で台湾からの旅行客が目立ちました。翌日は八幡平を訪れましたが、奥入瀬とは対照的に色とりどりの紅葉が素晴らしく、特に山頂から見る岩木山(1625m)の眺望はまさにパノラマ的で圧巻でした。そして八幡平の後、盛岡市経由で花巻空港に向かい、1時間10分のフライトの後、10度以上温度差のある伊丹空港に帰着しました。このところ外国づいていましたが、今回は日本再発見の楽しい旅でした。
■■最近想ったこと・注目したこと:
■大阪・関西万博終了:
4月13日以来、6ヵ月間にわたり開催された、大阪・関西万博が10月13日閉幕しました。先ずは、大きな事故・災害がなく無事終えることが出来たことに対し、ご関係者の献身的なご尽力に対し、心から敬意とお慶びを申し上げたいと思います。
開催の準備段階であった昨年1月1日に、石川県能登地方でマグニチュード7.6、最大震度7の地震と津波が発生しました。これによる甚大な被害に対する支援の必要性から、万博開催の是非が問われたこともありました。施設の建設や運営資金面も大きな懸念材料でした。マスコミの厳しいネガティブキャンペーンもありました。「難産の子は育つ」と言いますが、そういった厳しい状況を乗り越え、参加国は国内開催で過去最多の158ヵ国、来場者は2558万人、そして注目されていた収支も230~280億円の黒字が見込まれるようです。なお、政府の試算では官民が投じた建設資金は、周辺・関連インフラを含めれば、事業費規模は10兆円を超えるとしています。従って今後の課題は万博が残したレガシーをどう生かすかです。
開催期間中、私は会場を2度訪れました。27歳の時訪れた前回の大阪万博(1970年3月15日~9月13日)以来55年の月日が経ちましたが、当時の入場者数は約6421万人に達しました。どのようにしてそれだけの人が集まったのか今でも不思議です。なお、この間の技術の進歩(情報・通信・映像・建築・AI・IT)には驚くばかりです。また国際化も急速に進みました。当時の訪日外国人数は年間50万~52万人でした。今年1月~9月までの実績を基にすると、年間では4000万人に達することが考えられます。何と80倍の規模です。因みに経済成長の象徴である東海道新幹線が開通したのは1964年(第一回東京オリンピック開催年)、そして海外との玄関口である成田空港の開港は1978年5月、関西空港は1994年9月でした。
なお、私は今回の万博で最も人気が高かったとされるイタリア館を見学出来ました。その展示品の中の大理石彫刻「ファルネーゼのアトラス」(紀元150年頃の作品)を観て、私はタイタン族の巨人アトラスが「天を背負う」役割を負った苦しみを感じました。これに対し誠に失礼ですが、今のトランプ大統領の言動は、プロのサッカー選手がボール(地球)を足でもて遊んでいるような印象です。
■最近の国内政局について想うこと:
9月7日の石破・自民党総裁の退任に伴い同党総裁選挙が行われ、10月4日、高市早苗氏が第29代総裁に選出されました。ところがその後の政治の混乱は目を覆うばかりです。その原因は高市新総裁並びに取り巻きがリスクマネジメント(危機管理)を欠いていたことです。公明党を「下駄についた雪」と揶揄し、他党との接触を優先したことです。これは自民党の傲慢・慢心の表れで、「妙手も手順を誤れば悪手となる」の通りです。そのため政局の先行きは不透明になりました。
私は日本国首相としてふさわしい資質を具えていれば、男性だろうが女性だろうが構いません。しかし、例え高市氏が首相の座に就いても、少数与党と複数野党の党利党略のせめぎ合いで、自民党としての独自性のある政策実行は容易ではないと言わざるを得ません。こういった混沌とした状況下、もし今、南海トラフや首都直下型地震のような大災害や、台湾有事が勃発したらこの国は一体どうなるのでしょうか。複雑化する国際情勢も相俟って、考えただけでも恐ろしくなります。それほどこの国は当事者能力を失っています。結局は解散して民意を問わざるを得ないでしょう。
■新規事業について:
この度の万博を通じて改めて感じたことは、新たな事業を軌道に乗せ成功に導くことが如何に大変かということです。
企業も厳しい生存競争を生き抜き成長を目指すには、常に「変革」(Innovation)が必要であり、そのためには新しい事業への「挑戦」(Challenge)が必要です。私も今回の万博とスケールは違いますが、何度か新規事業を立ち上げた経験があります。そういった経験を通じ私が若い世代に伝えたいことは下記の通りです。
(1)新規事業を始めることは、言うなれば「戦(いくさ)」を始めるようなものです。即ち、戦には「大義」が必要であり、「何のために戦うか」(新規事業の目的)を旗幟鮮明にし、信念をもって周囲を説得し、納得させることが必要です(納得すれば人は動く)。一人で出来ることは限られており、理解者と協力者が不可欠です。
(2)新規事業に対する周囲の眼は冷たいのが普通です。つまり「どうせうまくいかないだろと」いう冷めた見方が多いのです。そういった中で、当事者はピタッと静止している機関車を動かすようなものです。しかも手引書はなく、このまま真っすぐ進んで果たして宝の山に行き着くのか、或いはガラクタの山で終わるのか不安になります。
(3)そういった厳しい状況の中でも、当事者は火の玉になってチャレンジすることが重要です。必死になって頑張っていると、池に石を投じた波紋が徐々に拡がるように、「なんとなく面白そう」となり周りに人が集まってきます。重い機関車がゴトンと動き始めた瞬間です。こうなると「しめたもの」です。しかしここまでもっていくのが大変なのです。
(4)私はNHKのプロジェクトXが好きでいつも観ていますが、新規事業を「0(ゼロ)」から「1」にすることは「2から5」、或いはそれ以上に拡大するよりはるかに厳しいのです。そして新しい事業の種を播いて太い幹に育てるには、それなりの時間と莫大なエネルギーが必要です。「ローマは一日にしてならず」です。また、何より大事なことは強いリーダーシップの下、当事者の信念と情熱、それに忍耐と覚悟です。中途半端な気持ちでは目的は成就できません。